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夏の思い出

ついに子供達は始園式を迎え

夏休みが終わりました







静けさが戻った家の中

バスを見送りながら

ホッとするものの


なんだか寂しい

 


夏休みは毎日大変だけど


人生の中で子供と過ごせる時間は


そう何年もない


私の両親と過ごせる時間だって


そう何年もない


両親、子供三世代共に近くにいた今年の夏休み

楽しい!嬉しい!とは違う


しみじみした有り難さ

あぁ毎日忙しい、クタクタだと


大人は言っているけれど


気がついた頃には


子供の方が忙しくなり


親子で遊ぶ時間など減るんだろうな


この日々を懐かしむ日もそう遠くないのかな…



 

贈り物

 

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嬉しい贈り物

濱田まさるさんのコスメです。
新しい化粧品ってなんでこんなにテンション上がるんだろう

 

お手入れとは程遠いドタバタな毎日だけど

少しは美容のことも思い出そう


他にもグルメなプレゼントありがとう〜

祝われる歳でもないけど
20代までは誕生日ってやっぱり楽しみで
どこに行けるかなプレゼントは何かなと
子供のようなワクワク感があったものです。


そんな気持ちをこっそり少しだけ

未だにもっていられるのは

彼女のおかげかも。
 

彼女がいることを当たり前のように過ごしてきたけど

いつも応援し見守ってくれているおかげで

乗り越えられたことが沢山あったな

歳を重ねるほど

人生を伴走してくれる女友達の存在が

大きくなってくる

 

それはきっと言葉がなくても

表情一つ、声色一つで

分かり合えるくらい月日を経て

関わってきたからなのかなぁ

 

春には恒例の家族付き合い

子供とぐっちゃぐっちゃになりながらの

お泊まり会。楽しみだな。

 

 

 

りんご狩り

 

先日三瀬にはじめて行ってきました

 

子供達は

 

長い長い滑り台の公園で駆け回り

 

帰りにリンゴ狩りという看板を見つけ

 

寄ることにしました。

 

 

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フルーツ狩りって楽しいですよね

 

収穫したものを食べて味わうって

 

最高です。

 




りんごをみるとついつい「不揃いの林檎たち」を思い出します

 

私あの頃いくつだっただろう。。。。

 

もう、知らない人も多いのかしら…

 

知らぬ間に歳を重ねていますね〜


 

このドラマを見てた当時の友人と

 

夜な夜な林檎ジャムを仕込みながら

 

事情があり数年ぶりに連絡を取りました。

 

とても幸せであり、一方で悩みを抱える友人

 

「感情をコントロールできる自分になりたい」

 

どうやったらいいのでしょう…

 

「あやこはいいわよね〜、感情荒げることなんてないでしょ」と。

 

まさか〜!!

 

私の個性をリストにすると必ず入ってくるかもしれない…

 

もちろん誰ふりかまわず感情的にはならないけど仙人のようには

 

まだなれません。

 

大声で笑い、大声で怒る。。。。

 

どちらかというと感情を素直に持つことを

 

自分の個性として大切にしたいと思ってる。

 

同時に感情的な自分と

 

向き合い見つめる努力はしたいと思ってる。

 

答えがすぐに出るとは限らない。

 

それでも求め続けることで時間が色んな気持を自然に消化してくれたり

 

活路が開けてきたり。ほとんどの答えは自分しか見いだせないと思う。

 

人との出会いの中で、誰かと巡り会うことは偶然と思えば

 

今までと変わらぬ日々を送るだけになってしまう。

 

嬉しいことが起きれば「ラッキー!」

 

嫌なことが起これば「腹立つ!」

 

それではいつまでも自分は変わらないから…

 

運命的な出会いに

 

自分がブンブンと振り回されてしまいます。

 

運命的な出会いや

 

避けられない状況や環境さえも

 

何かに縛られるのさえやめれば

 

離れることはいつでもできる。

 

何かに縛られ離れないのも自分の考えの及ぶところ。

 

出会いを必然と捉えて、誰かを羨むでもなく、憎むでもなく

 

いったいこの出会いは何を意味するのだろう?

 

何を伝えようとしているのだろう?

 

何を学べるのだろう?

 

そう向き合うことで少しずつ自分が変わっていきます。

 

相手が自分に求めることが一体何で

 

自分のできることが何で。

 

そういった習慣をつけることは

 

恋愛だけでなく、仕事にも役立つこと。

 

自分の人生を歩み感じれるのは

 

自分だけだから。

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

和の心地よさ

 

私たち日本人のDNAでしょうか…

 

可憐なの野の花をほんの少し

 

華美にならないように

 

シンプルな花器に添える。

 

なんだか落ち着く。

 


 

 

夏の終わりの花で少し時期は過ぎてますが

 

鉄線と太藺 (テッセンとフトイ)

 

本格的な生け花に沿ってやろうと思うと

 

ハードルが高くなりますが

 

好きな物を1、2本を投げ入れならば誰にでもできます。

 

ボリュームたっぷりのアレンジメントより

 

落ち着くのです…

 

お花屋さんに行くとフラワーアレンジメントに使うような

 

花がずらり!

 

昔は存在感のあるアレンジメントが好きでしたが

 

今は野花が欲しい。。。。

 

どうやら野花は持ちが悪いのと大量に売れる(祝いなど)ものではないから

 

定期的に生け花のお教室などの買い取りがない限り

 

店舗としてはリスクがあるとのこと。

 

ふ〜ん。商売にならなきゃ仕入れられないものね。

 

だから、見つけると嬉しい。

 

子供が摘んできた雑草も時に嬉しい…。

 

 

今は亡き私の祖母は自宅の至る所にお花を生けていましたが

 

生けるお花のほとんどは

 

自宅の庭で育てていて

 

年中家の外も中も花が絶えませんでした。

 

今思うと、売り物の花に好きな物がないから

 

育てていたのかな?

 

可憐で日本らしい花ばかりでした…。もっと話して教えてもらいたかった。

 

 

新しい文化を取り入れることで日本人は

 

美味しい色んな国の食べ物や素敵なファッションにも恵まれた。

 

新しい刺激を目の前にすると今まであった物の多くを

 

手放してきたようにも思う。

 

 

私が仕事で和食を国内外に伝える活動に力を入れたきっかけは

 

お花だけでなく

 

和食にも

 

人との会話にもある

 

日本独特の引き算の美学に対するなんとも言えない心地よさに魅了されている自分

 

がいることを強く感じだしたから

 

きっと私だけではない…

 

海外評価の高まりと連動させ、日本国内の評価が高まるよう

 

できることをやりたい

 

 

 

 

そう、私自身がもはや日本の文化から縁遠くなっている。

 

知らないことが増えていってるという危機感がある。

 

それでも、和の生け花に心洗われる物を感じ

 

無駄を削ぎ落した和食に洗練された美味しさを感じ

 

和のしつらえに心落ち着く安らぎを感じ

 

言わずとも理解され、スッと行き届く奥深いサービスに感動し

 

やっぱり日本っていいわぁと思う。

 

 

「和心」を自分なりに今の生活に合わせながら育てたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

母になることと手芸

 

夏休みが終わり

 

息子達のスモックの洗い替えを

 

作っています。

 

休みの間に作れば良いものを

 

ようやくです。

 

 

手芸は上手ではない才能がないと自覚しているものの一つ

 

ですが、子供の頃から作ることは好きです。

 

子供達のものを作るようになり

 

ひと針ひと針あえて時間に追われず

 

丁寧にやってみるようになった。

 

以前は忙しい、時間がないなどといって

 

効率化を図ろうと途中から丁寧ではなくなり

 

想定している完成形から離れてしまってた…だからできたものも気に入らない。

 

手芸だけでなくいろんなことがそうだったのかもしれない。

 

 

一人だった時とは違い今は生活の中に家族のお世話が入って

 

一層慌ただしい、結局いつになっても自分の性格も相俟ってゆったりとはしない。

 

 

ある社長に社会人になりたての頃言われた

 

「忙しいって結局良い訳になるんだよね、

 

いつだって仕事もプライベートも抱えることは増えていくんだから

 

忙しいって心が亡くなるって書くでしょ、自分の捉え方だよ」って。

 

あの頃は「それでも…時間が…」と思ってたけど、今はすごくわかる。

 

 

経験値やノウハウが増えたのだから、丁寧に着実に。

 

 

 

情報や物に溢れ

 

時間に追われる日常となった今

 

自分のできることやりたいことを

 

きちんと整理し丁寧に暮らしたいなぁと感じる。

 

 

あれもこれもと欲張らず

 

やるときめたことをコツコツすると驚くほどぐっと心に余裕ができる。

 

 

満足感や豊かさを求めてあれこれやりすぎていた。

 

厳選したものを丁寧に取り入れる生活、まだできてないけど心がけたい

 

家族を持ってようやく感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復興支援

熊本産トマト



自分で買いたいと言い出した息子君

甘くてフルーツ系の食べやすいトマト

というより

昔ながらのトマトらしい味わいがありながら

味のしっかりと濃いトマト

私はどちらのトマトも美味しいと思うけど

いつもなら甘いトマトが好きなキッズ達です

色々な話しが理解できるようになった長男は

トマトを大切に扱い

食卓で自分でカットしながら

「美味しい、美味しい」と完食してました。

復興支援においてできることは

細やかですが

積み重ね、子供達とも考えていきたいと思います。

 

珈琲タイム


ホッと一息



久しぶりに街を歩きながらお店に並んでいるものを目にした

素敵にレイアウトされているものを見ると

あれもいい

これもいい

と、欲しくなっていた。

そんな日々が懐かしいなぁ

気が付けばそんな気持とは久しい。

無駄が削ぎ落されていて

こだわりと意思を感じるシンプルなもの

長く愛され美しいものにしか惹かれない。

自分の個性と向き合い、

大切に毎日を積み重ねたい。

まだまだそんな風にはなれてはいないけど

家族を持つことは

私に変化のチャンスをくれていると気付きます…











 

クリスマスリース

今年はいろいろなクリスマスリースを作る機会をいただきました

これはハロウィンから飾れるように…



こちらは夏場まで飾れるイメージ



こちらはエレガントなイメージ

今頃どなたかのお宅で楽しんでいただけているかしら??



何かを制作するにあたって

没頭している時間は

良いリフレッシュになりますね〜



 

人質と平和

無事に解放されることを願って連日気になっております。

イスラム国やテロに対して怒りだとか抗議だとかを表明する前に
そもそも我々の理解を超える環境下で生きた人々の根源的に
抱える問題に向き合えているのでしょうか…

もはや摘み取れるレベルではない、叩いても叩いても膨らんでいく彼らの怒りの矛先
中東情勢の複雑さは
空爆などでは解決しないのでしょう。

学生の頃所属していた部活では対話による国際的相互理解を目指し
日々テーマを取り上げディスカッションや勉強会という活動をしておりました。

1つのテーブルにはいくつかの大学が集まると言っても
10人程度の人数制限があり少人数、
同じ日本人・同じような世代・同じような学習経験
そんな集団でさえテーマについて解を同じくするのは
簡単ではありませんでした。

ただ一つ言えることは、知らないことは何も生み出さず何も導いてはくれない。
表面に表れた行動は氷山の一角であり
そこを崩して叩き潰したところで
土台がある限りまた一角が現れてしまう。

どんなに難しくても複雑に絡み合った糸を
一つずつほぐしていくしかない

そういった意味で人質となった日本人が現地に行くという行動は
「知る」といった観点から敬意を払います
我々に一緒に考えるチャンスをくれたこと感謝します

今回のことで多くの日本人が何かしらイスラム国や人質の日本人に
関心を向け、いったい何なんだ、、、、と考えたことは事実です。
巻き込まれた全ての人、国、そこに潜んだ小さな危うさの積み重ねで
大きな代償を払うことになりました。

小さな人間関係における無関心、虚しさ
大きな国という単位の支配と攻撃の連続
何が正義か何が善か
我々は自分のこととして考えたいですね。

「世界平和のために私たちは一体何ができるのでしょう??」

という問いかけにかつてマザーテレサは言いました。

「すぐにお国に帰りなさい
家に帰って家族を大切にすること
それがあなたが世界平和のためにできること」

どうか世界中の皆様がここに立ち返っていただきたい。
多くの戦闘員の心や家族をズタズタにしてしまったのも罪です。

どんな人にも、どんな立場の人にも大切な誰かがいる。
憎しみや脅威では幸せは手に入らないです、
そして大切な誰かを悲しませるような正義はナルシシズム。

目の前にある人間関係なんてちっぽけなことに感じるかもしれませんが
そこでの理解や想いを大切にし、悪の連鎖を摘み取ることは
すぐにでもできることの第一歩であるのではないでしょうか。

選挙

でしたね。

低い投票率でしたね…。

基本的に全てのことに対して

人それぞれ、そう思うので

このブログでもあまりあれこれ個人的な考えは

書かないようにしていたのですが

久しぶりに少しだけ…。

先日、マララさんがノーベル平和賞を受賞し

彼女のスピーチに多くの日本国民は感動し

賞賛し、年代問わずそれはシンプルに。

彼女は「声が聞こえてこない声なき人」に

教育の権利を訴えている。

私たち日本国民は教育の機会を与えてもらい

政治を読み取ることができる、そして選挙という形で参加の権利を与えられている。

それなのに彼女のスピーチに賞賛する気持ちがあるのに

たちまち選挙の権利は無下にしてしまう、どうして…。

過去に生きてきた人たちの努力や信念でいただいた

平等な教育により、政治のあり方を理解できる

選挙という権利は義務や責任ではなく立派な一つの権利です。

投票しないという行動で意思表示するのはもったいなさすぎる。

投票することなく私的なことに時間を割いたところで

どれだけの価値があるかというとどうでしょう…。

だからといって、一票投じたところで、生きてる限りの中で

自分の人生変わらない、それもそうかもしれない。

日本という国家の中で過去から生かされ、そして未来に残していく

この繰り返しの中で今を生きる人間として政治に参加すること

この積み重ねがとても大切で生きてる証として残せること。

いざ投票しようと思っても、私もそうですが

全体的に理解している訳でもないし…

ここは良さそうだけどあれはダメ…

それでも何か一つでも思う節があるならそこを基準としてだけでも

投票すれば良いのではないでしょうか。

多くの人がそれぞれの視点で投票するから意味を成す。

すごく興味がある人だけ行っていたら答えが偏ります。

投票率というのは唯一政党関係なく当選した方に

強いエールを送れるのです。

どうせ…と思えば、ほらね、程度のことしかやってはくれません。

どうせでは困るのです、私たちは自分の仕事もあり政治に集中することは

できない生活の中、国の政治のみを考えると言ってくれる人が

いるのならしっかり選ばなくてはならないし

国民も政治家も一人一人が真剣に向き合い振り回されない強い意志と

耳を傾ける柔軟性をもちながらベストな方向性を探し

それはぶつかり合い、時には耐えながら

結果として明るい未来があるのだと思います。

ちっぽけで細やかな過ちの糾弾に時間を割いたり

何か問題があればメンバーチェンジ

そんなのやられるのはごめんです。

もう国民が選んだんです!そこで閣僚も決まったのです!

あとはじっくり腰を据えて最高のパフォーマンスを発揮できるよう

みんなで担ぐしかない。

国民がそう思えるよう、自分がやれないなら

誰かを選んで託しましょうよ。。。。

そしてしっかりみんなで見守れたらいいのになぁ






 
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